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高砂義勇隊慰霊碑 [近代史+ (台湾)]

暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」の意味は
日本時間12月8日(1941年)に真珠湾への戦闘行動開始。
ニイタカヤマ=新高山(現:=玉山)。
台湾が併合され日本の山として富士山よりも高い山になった新高山。

米軍相手のジャングルでの戦いに
台湾山岳地帯からからも多くの義勇兵(高砂族)が参戦した。
そして勇敢で勇猛だった高砂族の多くも帰ってこなかった。

日本には靖国神社がある。
そして高砂族の郷里にも帰る場所が必要だった。
高砂義勇隊慰霊碑。

撤去の危機を経て移転されたらしい。
場所が変わる前は日の丸も毎日掲げられていたらしい。
そして今の慰霊碑の場所は民家から離れすぎているのだと思う。

台湾は台北に訪れたなら高砂義勇隊戦没慰霊記念碑へ。
勇敢だった勇士たちへ思いを馳せ、敬意を込め感謝をしに。

場所は烏来=ウーライ(温泉、という意味らしい)。
台北からタクシーで片道 1000台湾ドル超(3000円程度?)ほどだろうか(未確認)。
電車とバスを乗り継いで行くことにした。

「台大病院(NTU HOSPITAL)」駅を下車(市内地下鉄最安区間内20台湾ドル=約56円):
20120118_01烏来_台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑.jpg

「出口3」 から出てバスに乗り換え。
バスの番号は「849」。
「B捷運台大病院站」と「C公園路」に「台北 849」とあるのは
この駅の周辺を回って台大病院と公園を通ってから烏来へ向かうから:
20120118_02烏来_台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑.jpg

「捷運台大病院站」のバス停には249、251そして849番のバスが停車する。
20120118_03烏来_台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑.jpg
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バスに乗り込むと「ウーライ」って言って45ドル(約126円)を払う。
おつりはもらえないから100ドルしかないとそのまま100ドル(約280円)の支払い。
すると札をもらえる(仕組み不明)…ピンボケしてしまった、札の写真:
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電車からバスへの乗り換えは山に登り始める手前の
「新店駅」でもいいらしいけどバスにはもう座れるチャンスは少ない。

烏来に到着:
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この先をずっと歩いて商店街を通り抜けていくけれど、遠い:
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実際には烏来駅で待機していたタクシーを利用。
バスを降りて道がわからず地図をみていたら
タクシーの運ちゃんが近寄ってきた。
カタコトで日本語でしゃべりかけてきた。
「高砂義勇隊慰霊碑」の文字を見せると理解した。
たしか 200ドル(560円)と言ってきた、10分かからず程度の道のりであったのに。
台湾市内なら20分程度で 100ドル(280円)のはず。
しかしかまわない。
運転手は30-40歳ほどの女性で やはりカタコトで日本語をしゃべる。
彼女の祖父は戦争に行って帰ってこなかった、と言っていた。
信じることにした。
感謝、ありがとう、という旨を返した、通じただろうか。

行きはタクシー、帰りは歩きやトロッコがお勧めかもしれない。
以降は時系列を無視して、歩いたとしての写真。

商店街を抜けて川にかかる橋を渡るとトロッコ乗り場がある。
右に女性を担いで歩く高砂族の巨大人形がある:
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トロッコ(終点まで距離は数百メートルかな):
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温泉街を抜けて登っていく:
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高砂族:
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乗ったタクシーはここに到着:
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更に右手から左に折れて左手の階段を登っていく:
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タイヤル族(高砂族)の像、結婚の儀式の最後に
「新郎は新婦を背負って、これから責任を持って、
家の家計を背負う力を持つを示す」とあった:
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当日は1月18日で暖かい日、これは梅かな:
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高砂義勇隊の慰霊碑への入り口、
タクシーは別の道を通ってここまでこれるはず:
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台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑へ:
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ちょっと前に誰か日本人がきていたのだろう。
靖国神社の神酒:
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靖国神社の神酒:
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建碑由来記
 西暦1941年~1945年、第二次世界大戦期間、
我等熱情、剛直なる高砂族青年六千参加。
その勇猛果敢なる戦績は正に日本正規軍を凌ぐ所、
誠に賞賛に値する所あり。
 不幸にして犠牲者、参千余名に達し
英魂は戦野各地に戸惑い首丘を知らず。
此れ誠に人世の惨絶にして、我々の忍ばざる所なり。
続いて半世紀後の今日に至り彼等崇高なる犠牲の代償に依り
此処に世界の平和と繁栄をもたらした事、
我等生存者は最高なる哀慟と感謝の意を捧げざるを得ません。
 此の人類歴史上の苦難孌化に対し我等は
彼等英魂の宿る所を設けると共に
彼等の崇高なる族民精神を後代に発揚すべく此処に於いて
本陣等は高砂義勇隊慰霊紀念碑建立の志を発願致し…
…台日友好親善を図り得て誠に欣喜此れに過ぎるものは無く
此処に謹んで英魂諸柱の速やかなる帰郷を祈り
併せて三胞公司及日台の献金協力者及本建立委員一同に
萬分の謝意を表します。
 台湾高砂義勇隊慰霊碑建立委員会
 主任委員 周麗梅(愛子)外委員会一同
 1992年11月吉日

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高砂英霊帰宿を全うしてより大和魂の復起あり
日の本の民此処烏来の地に謹みてとはに此れを祀らん
2000年11月吉日 伊庭野政夫 敬奉

鎮魂
かくありて許さるべきや
密林 かなた 消えし 戦友(とも)をおもえば


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鎮魂

誠純一途無雑念
八紘一宇為社稜
霊魂高砂義勇士
鎮魂誓遺徳顕彰
中華民国81年11月
日本平成4年11月


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伊庭野政夫氏。
献金をし募金を募り慰霊に訪れ祈りをされた方、
慰霊碑の建立に尽力された方という旨が書いてある。

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君が代の「さざれ石」
わが君は千代に八千代にさざれ石の
いはおとなりてこけのむすまで


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つわものは
いずこのつちに
はつるとも
みたまはここに
やすらぎたまへ

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はじめまして。私も、台湾にいったら必ず行こうと思ってます。
by お名前(必須) (2012-09-19 03:25) 

株の初心者

とても魅力的な記事でした。
私も台湾好きです。
次回行った時は行ってみたいと思います。

by 株の初心者 (2013-05-21 21:55) 

genn

お名前(必須)さん、
株の初心者さん、

途中に通り道に連なる屋台的な外食店やお土産店があります。
どうぞ見て歩いて楽しんでください:-)

by genn (2013-06-03 21:44) 

Nao

こんにちは。拝読させていただきました。

大日本帝国時代を生きた日本人の先輩が、台湾の原住民の方の事を話ししていて、戦争末期で戦況が厳しい状況となった時に、それを承知で高砂族の人達が出動してくれると言ってくれたそうで、「まさか、彼等が出動してくれるとは思わなかったので、本当に有難かった」ととても感謝していました。もしかしたら、戦闘となってわだかまりが出来た人達の事かもしれないと、なんとなく思いましたが、今では確認する術も無いのが残念です。

当時の方々にとっては全くの現実で人生で生活だった事で、彼等の後輩でもある日本人としては、(彼等の方でどうであれ)犠牲者の方々への慰霊の気持ちを持ち続けたいと思っています。

国会図書館のデジタル版に、台湾の本がいっぱい有ります。
1895年に台湾が領土となったのですけれど、2年後に発刊されている

『台湾事情』(1897年刊)に、もう2年も経つのにまだ台湾が良く知られていないので、これは情報が少ないからだとして台湾がともすれば外国だと思われて阻害される事が無い様に全体をまとめた本を発刊する、という内容が書かれています。

そして、参考文献とした本が凄い分量で、探究熱心で、昨今の政治家や芸能人や作家など、国民の認識に深く関連している上層部のはずの人達の勉強不足と領土都民全体への配慮の無さの程度が知れます。

2冊ほど、ディジタル版の御紹介まで。

『台湾生蕃探検記』中島竹窩 著(博文館)付:利根水源探検紀行 (渡辺千吉郎)1897年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1919349

『台湾事情』松島剛、佐藤宏 編:春陽堂出版:年月日明30.2
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767071
by Nao (2014-07-20 23:50) 

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